足尾~日光
ちょっと前のことになりますが、年末年始にかけて、国内旅行をしました。
まずは31日足尾。浅草から赤城、赤城から歩いて大間々、大間々からわたらせ渓谷鐵道で(足尾の手前)通洞に行きました。通洞から歩いて10分くらいのところに、足尾銅山があります。たった10分なのに寒くて寒くて、足がかじかんでしまいました。銅山入り口からはトロッコに乗って銅山入りしますが、その待ち時間もとにかく寒い!でも、古びたストーブなどがあると、その周りだけ雰囲気も暖かくてほっとします。
足尾銅山は慶長15年(1610年)に発見され、明治10年になり古河市兵衛の経営に入ってからは、生産技術が近代化され、めざましい発展を遂げました。その一方、田中正造で有名な足尾銅山鉱毒事件、煙害、粉塵による抗夫の肺病など、日本で初めての公害をもたらす結果となりました。銅山では、危険と隣り合わせの、いかに厳しい状況で坑夫たちが働いてきたかを、人形などを使って再現していました。銅山の中にあるほこらや、銅銭、銅山内でしたたる水滴と発色した銅の壁などを見ると、歴史を感じずにはいられませんでした。
お土産には銅の茶さじを買いました。水切りカゴなどにも、銅を入れておくとカビにくいらしいです。
わたらせ渓谷鐵道。夏はトロッコ電車、冬はお座敷列車が 楽しめます。10歳になる鉄道マニアの従兄弟が、「次は何の 駅だ?」としきりにクイズを出してくるのですが、初めてだし 覚えているわけもなく^^; 神戸(ごうど)駅では、夏に、列車レストランで食事ができます。 足尾に近づくにつれ、ちらほら雪景色に・・・ 銅山資料館がありました。20㎏の銅銭の輪を持ちました。 できあがった銅銭を運ぶ仕事は、重くて大変そうでした。
抗夫と家族が住んでいた長屋の後。運動場、商店街の跡もあり、
活気のある風景が目に浮かびます。一時は、栃木県で第二の都市に
なったという足尾。病院も、当時一流の医師が揃っていたそうです。
国民宿舎「かじか荘」のある山の上まで行くとすっかり雪景色。
ちなみに(写真はないですが)こんな雪の中にも、猫が何匹かいました。
年明けて帰りは、通洞→日光→栃木駅で降りて、ちょっとずつ観光して浅草に戻りました。