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業の創なる ~弊社代表・鹿内のメッセージ~

弊社情報誌『はい!元氣らいふ2018年3・4月号』より、弊社代表・鹿内のメッセージ「業の創なる」を紹介します。


皆さまの“心の栄養”になれば幸いです。



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「業の創なる」


田中角栄さんの言葉を引用します。

「戦争を知っている世代が政治の中枢にいるうちは心配ない。平和について議論する必要もない。だが、戦争を知らない世代が政治の中枢となったときはとても危ない」


玄米酵素グループは創業50年が間近です。

「創業者の想い・苦労を忘れ軽んじた社員が幹部になると、会社は衰退する」という教えに沿って、事あるごとに社員と理念を繰り返し共有しています。


岩崎会長は27歳で玄米酵素を作り、言葉にできない艱難辛苦を乗り越えてきました。たったひと箱も買って頂けない日が幾日も続きます。もうやめてしまおうと何度も考えますが、自身を叱咤し、「ひとりから、ひとりでも」と懸命に歩くのです。


創業の「創」という字の意味に、「キズ」があります。痛み、労苦、汗、涙、悲しみ、失敗、後悔・・・様々な思いが刻まれて今日があるとしたら、決して忘れてはならない「創」です。


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(株)玄米酵素・札幌本社 新社屋竣工パーティーにて

写真 [左端] 鹿内正孝(当時27歳) [右端] 創業者・岩崎輝明(当時39歳)

表紙を飾って頂いた北海道銀行笹原頭取とは、昭和54年の同期入行です。ともに新入行員研修会では、初代頭取の島本融さんが書かれた「銀行生誕」を通して、銀行を立ち上げた苦労や道銀イズムを学びました。この本は今でも大切にしています。今でも行員の皆さんには、語り継がれていることでしょう。


私たちは別々の職場経験を経て、平成8年40歳の頃、本店本部で机を並べました。山一証券・たくぎん破たんなど金融界が激動期に突入してゆくころです。


北海道銀行は当時全国地方銀行の中でも経営内容が悪く、株価低迷、預金流出など大変厳しい状況に追い込まれていきました。私たちは責任ある職責にありましたから、何としてもこの困難を乗り切ろうと必死でした。時折、笹原頭取と思い出話になりますが、そんな中でも「オレ達は明るく、よく酒を飲み、よく遊んだなあ」と笑い合います。毎日、いつ潰れてもおかしくない銀行と報道されていましたから、反骨心でしょうね。


兎にも角にも、家族、社員を守るため、支えてくださるお客さまに応えるため、この辛苦を正面から受け止める以外の道はなかったのです。笹原さんはその後、さらに押し寄せてきた大変な困難を役員になられてからも見事に乗り切られました。明るい行動力のある笹原さんは、常に社員とともにあり、お客様への感謝を忘れません。それは何よりも、こうした、とんでもないドン底を経験しているからです。「業の創なる」を知っているのです。同期として同志として、心から尊敬します。


先日、ハイ・ゲンキの会員さんからこんな言葉を頂きました。

「ハイ・ゲンキを食べている方は、皆さんとても優しい。それはたぶん、たくさんの痛みや悩み、悲しみを知っているからです」


これからも、皆さん、おひとりおひとりと寄り添って生きてゆくハイ・ゲンキでありたいと思います。



株式会社玄米酵素 代表取締役社長 鹿内正孝



巻頭インタビュー
北海道銀行 頭取 笹原晶博さん

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